Hiraeth
二度と帰れない場所に帰りたいと思う気持ち。
陳腐な言い方だが、心に穴が空いたようで。何かが欠けたようで。
今日もこの虚無と生きている。虚無を掻き消そうと踠いている。
Eros
元々一つだった離れ離れの二つがまた一つになろうとする気持ち。
あなたは二年近くも僕の心に住んでいた。
出会う前になど戻れるはずもない。元の世界とは違う。
あなたに出会う前の世界と、あなたの「喪失」がある今の世界は、物質的には同じのようで、決定的に違う。
多分僕は、あなたが愛してくれる僕が、好きだった。
あなたに愛される僕が、好きだった。
なのに、あなたに愛される僕でどうしていられなかったのか。
あなたのことは本当に好きだった。
あなたと通じ合えるだけで嬉しかった。
あなたとするすべてがドキドキで、新しく見えた。
でも、長い間一緒にいるにつれて、僕は「あなた」というよりも、「あなたといる時間、空間そのもの」を愛し始めたような気がする。思い返しても、思い返しても、あなたを好きだった理由は出てこなかった。
苦しい。苦い。思い出。
僕はあなたに心を預けすぎていたんだ。
僕はあなたの前では僕になれた。全てを受け入れてくれたあなたはとても優しかった。
いつからか、それに甘えすぎたのかもしれない。
僕はあなたがいなきゃ僕を保てなくなっていたのかもしれない。
あなたの前でしか泣けない。怒れない。無邪気に笑えない。
本当に依存していたのは、僕の方だったのかもしれない。
あなたに僕は間違いなく救われた。救われていた。
ここに、あなたがいるまでは。
唯一の救世主がいなくなった絶望は、誰にも助けてもらえばいい。
僕が唯一弱みを見せられたあなたに傷つけられた僕は、誰に泣けばいい。
あなたといたから、僕は僕でいられて、僕は僕を愛せた。
なぜ、あなたにとっての僕はそうでなくなってしまったんだろう。
半分を失ったような不完全な日々が続く。
なぜあなたはそうじゃないのだろう。
あなたの一部から、いつ僕を取り外していたんだろう。
前に失恋したときは、こんな気持ちにはならなかった。
付き合う日数が少なすぎて、弱みなんて見せられる余裕もなかったからだ。
かなり引きずったけど、喪失感はあまりなかったように思う。
忘れられたくないだなんて傲慢にも思ってしまう。
いつまで色のない世界は続くのか。
またいつか、同じように誰かと笑えるのだろうか。その「いつか」はいつ来るのか。
僕が僕であるために、あなたを利用してきた罰なのか。
あなたのことをもっと大切にできたらよかった。
あなたが彼氏で世界で一番幸せだと誇ってもらえる人であれたらよかった。
どうして、あんなに愛してくれていたのに。
それを全て冷ますようなことができるんだ。
愛おしそうになぞってくれた腕の血管は。
会うたびに触りたがった頬は。
優しくゆっくりさすってくれた背中は。
あなたが褒めてくれた声は、顔は、僕は。
もう価値なんてないのか。
他人から見たら悍ましいほどに、深く長く愛し合った。
だからこそ知ることができた感情もたくさんあった。
醜いものも、美しいものも。たくさん学んだ。
いま付き合った日に、もう一度戻れたら、うまくいかないかな。
そしたら、何よりあなたを大事にするのに。
はぁ。屑だなあ。
二度と会えないあなたの幸せを、僕は願えるかな。
もう忘れてしまいましたかと聞きたくなる僕を赦してくれ。
忘れて幸せになってと言えない僕をまだ、忘れないでくれ。